「大丈夫?」とか「大丈夫じゃない!」ってもっと言えたらいいのに

こんにちは。Nurture&Matureの飯沼美絵です。
新年すっかりあけました。
年末Web披露宴なるものを実施し、お礼を書いたり、余韻に浸ったり(笑)していたらあっという間にクリスマスを過ぎ。
今回は絶対、年末年始はいつもできなかったことをやろう!好きなことだけする!ダメ人間になる!!というダメ人間への決意を固めて突入しました。
で、結果どうだったか?

年末恒例のアレ、まず、いっき見の再放送はダメ人間第一段階として立派に良い仕事をしてくれました。
話題だった“silent”を観ました。
ザッピングしながらでしたが、ドラマ中、“大丈夫”という言葉を何度聞いたでしょう?? 
何というか、カテゴリとしてコメディでもなく、ザ・恋愛モノでもなく、サスペンスや医療モノのような展開がわかりやすい事件もない。
ただただ、大事な人同士の“対話”の繊細さを丁寧に描いたドラマだなぁと思いました。その分とてもリアルだなぁと。
若い人が傷つきやすいと言われていますが、私は世の中全体的に“傷つき”に対して、無かったことにしないムードが産まれてきているなぁと感じています。

そして、いい感じに30日になり、転居して1年というのをいいことに大掃除はせず。いい感じの第二段階を突破。
今年くらいは実家に帰って孝行しようと思いましたが、親を使い倒し買い物に付き合わせ、その後も立派に実家の上げ膳据え膳&食べ歩きで第三段階。正月太りが完成しました。
思った以上の仕上がりに、駒澤大学もびっくりなぶっちぎりでした(笑)。

はいダメ人間自慢もこの辺にしてですね、なんでこんなことを目指したかというと、2022年はちょっと真面目に生きすぎたなぁとふと思ったんですね。

もう少し自分にアソビを持ちたいなぁ、ポンコツでもいいじゃないか、と。
真面目がちょっと飽きたのと、
ちゃんとやったところで得られないこともたくさんあって、日ごろ恥ずかしいと思って隠しているような考えや態度にも何か知恵があるのかなと、思ったのです。

そんなことを象徴するような出来事が1/6に起こりました。

私はプロセスワークのファシリテーションを学ぶべく、4月からあるコミュニティで実践勉強を続けていました。その名も“道場”です。
私以外にも今回から入った新入生が何人かいて、総勢20人くらいでしょうか。かなりの大所帯です。
いきなり4月から、かなり活気のあるやりとりがスタートして、ある先輩の発言で私は大きく傷ついてしまうことが起こりました。
その時、言われた私以外の人たちも、はっきりと“場が凍り付いたな”、という感覚がありました。でも私は言葉に出来ませんでした。

このとき、誰も“大丈夫?”という声はかかりませんでした。・・あ、恨みがましく言っているわけではありません。

自分に言われたわけではないけど、他者同士のやりとりを聞いて、“こんな振る舞いをしたら、あんなヒドい仕打ちを受けるんだ。気をつけなきゃ!”
と思ったような経験はこれまでありませんでしたか?
恐らく、その時の場も、同じことが起こっていたと思います。

“道場なのだから、それくらいのハードさが大事!痛みを伴わなければ上手にならないよ!!”
こんな声にならない声があったように思います。その後、このお化けのような声が私たちのコミュニティを支配していったように思います。

この後にでも、誰かの「大丈夫?」という声が場に出ていたら、もっとこのお化けに支配されずに済んだかもしれません。
小さい声はあったかもしれません、しかし、大きな力の前に掻き消されてしまいました。
その後、このコミュニティは何度となく、”痛みなどものともしない強い人“と“痛さと無力感でいっぱいの弱い人”の攻防が目に見えるところ、水面下、至るところで展開されました。

そして1/6は私がもう一人の新人ファシリテーターと二人でファシをする当番の日でした。
どう逆立ちしても、新人二人なので、上手にできるはずがない!
そこで私たちは何度か事前に対話を重ねました。

私たちが4月から受け続けてきた痛みのこと、無力感に耐えてきたこと、
それでも、先輩達の智慧があったからこそのうまく対話が運んだ場もあったこと、
そして、私たち二人のつよみの資質、才能。そこから来るチャームポイントや不得手なこと。

この友人と、共有して共感して、時に相手の受け取り方の違いに戸惑い、私の力に影響されて相手を遠慮させたり、その逆が起こったり。

ともかくも、当日に向けてお互いがどんなことになっても“大丈夫”と思えるような土壌を創る時間を重ねていきました。
友人は直前に、“楽しくやりたい!”と言いました。そんな彼女の想いを心からサポートしたい、実現させたいと思いました。
そして4月から毎月頑張ってきた参加者の人たちにも、痛みを伴わずに自分やお互いの本来の力を信じられたらいいな、という一心でその場に関わりました。

結果、スキル的にはずっと先輩達のほうが上手ですが、しっかり全てのことが実現しました。

もっと正確に言うと、“弱さ”がしっかりと語られて、その痛みをなかったことにせずにみんなで見つめることが出来た。
“強さ”が幅をきかせていた場に、しっかりとそういった繊細なものが入る余地ができた、そんな場になりました。
そしてそれは何よりも、メインファシリとして立ち続けた友人の、“人の中のポジティブさを絶対的に信じている“というスタンスがもたらしたものだったと思います。
そして私もそのサブとして、参加者の変化を注意深く見守りながら、行きすぎたり止まったりする様子を都度フォローするつよみを発揮させてもらいました。

実はずっと、ストレングスファインダーが、個人のつよみを発揮することばかりに目が向いて、つよみがぶつかることへの現場の弊害はあまりちゃんと語られていないように感じていました。
有資格者も、クライアントが直面するその現実に、研修の講師やコーチというコンフォートゾーンから一歩出て真剣に取り組むのをみたことがありませんでした。
私自身もその答えを持っていませんでしたし、理論上はそうであってもねぇ、、と、“大人の事情”として片付けようとしていました。
しかし、友人達が、つよみを通じて複数人の資質が1つに協働された時、本物の智慧に辿り着く、ということを教えてくれました。
そして、私が4年前に描いて構想していた社会の背中が少し見えたと思っています。

“リアルな生活で自分のつよみを活かす場を創ることで、人生の豊かさを手に入れられる”

私の名前は“美絵”です。小さい頃からこの名前が不思議でした。特に絵が得意でも好きでもありません。
しかし最近わかった気がします。美しい絵を切り取ってたくさん人に見せることは得意です。
私の意識は普通の人が見るコマ数よりも多いので、早すぎて通り過ぎる瞬間を、切り取る能力があるようです。
2023年もたくさんの美しい絵をご提供しますね!

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